圭さん日記

放送作家・脚本家、高坂圭のブログ。

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スゴイ小説です。 「悲素」 帚木蓬生

この小説は、カポーティの「冷血」のように実際の事件(和歌山カレー事件)を
事実と照らし合わせながら物語にしていく、ドキュメントノベルでした。
そこには九州大学の砒素研究の第一人者から預かった資料を
基に、医者としての正義を貫く作家自身の姿が反映されていました。


だから小説としては読みづらいとわかっていても、医学用語、専門用語を
あえて出し、ただのエンタメにならないように知的な視点で、真実を暴いていきます。

帚木さんの確固たる意志が突き刺さってきます。
それだけに読み始めると、静謐な抑えた筆なのに、その迫力に
途中で止めることができず、二日で一気に読了しました。


実際の事件では状況証拠だけで死刑というのはおかしい、という声も
あるようですが、この小説には恐ろしい事実が書かれています。

 

容疑者「小林真由美」はなぜ、カレーに砒素を入れたのか。

実は事件が起きた同じ月に、夫や「和泉」氏、「土村」氏
のほか、二人の麻雀仲間ら五人に計七口、一億円の保険が
かけられていたのである。
夫については不明だが、ほかの四人は本人に無断で契約されている。
夏祭りの当日、夫は自宅で麻雀大会を計画しており、
この五人が一堂に会する予定だった。ここで砒素入りのカレーを
夏祭りの会場から運んでだせばどうなるか。

しかし結局麻雀大会は予定が狂い行われなかった。
なのに真由美はどうして砒素を入れたのか。小説はこう書いている。


毒を手にした人間は、知らず知らずのうちに万能感を獲得する。
万能感とともに、神の座に昇りつめた錯覚に陥る。
こうなると毒の使用はもはや一回ではやめられない。
ましてその毒が誰も知らない秘毒となれば、なおさらである。
こうして毒の行使がまた次の行為を呼ぶ。
やめられない嗜癖の病態に達する。
そうなると、毒を盛っているときだけが、生きている実感を味わえる。
その先の帰結がどうなるかについては、もはや思念が
及ばない。毒を盛る行為自体が目的化して、自走状態に陥るのだ。

 

帚木さんご自身はこう語っています。

「私は小説を、自分や世の中の不明に怒りながら書いとっとです。
こんちきしょう、このバカタレがってね。
犯人はもちろん、カレー事件だけを恣意的に裁いた裁判官もバカタレですよ。
せっかく井上(尚英)先生たちが毒物を砒素と特定し、
その他1件の殺人及び3件の殺人未遂を究明したのに、
その地道な努力が報われんかったとですから」


いやはや、すごい小説、すごい作家です。

 

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