圭さん日記

放送作家・脚本家、高坂圭のブログ。

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高坂塾、テキスト公開!

月に一度オリジナルのテキストを
作り、作家の文章術を僕なりに
伝えています。
一度でいいからそのテキストを見たいという
メールが結構来たので
初めてお見せします。


それなりに時間をかけて作っているものなので
いいテキストだと自負してます。
載せたのは、今日の講義、幸田文の文章について
です。
相当に長いけど、興味のある方はどうぞお読みください。


ライター講座 テキスト 「幸田文」


今回は文豪、幸田露伴の娘、作家の幸田文にスポット
を当て、彼女の斬新な比喩や独創的なオノマトペの
使い方を学ぼうと思います。
ちなみに「オノマトペ」とは、擬声語(「ドカーン」
や「ワンワン」など物が発生する音や声を真似て字句で
説明したもの)や擬態語(「デレデレ」「ツンツン」
など状態や心情など、音のしないものを音によって表す
言葉)を総称したフランス語。


幸田文(1904〜1990)
幼くして母を亡くし、父親の露伴に家事や作法の厳格な
しつけを受けた。
父露伴のことを書いた随筆「雑記」が処女作で、
以降小説にも取り組み、自身の体験を生かした「流れる」
が評判になり、作家として人気を博す。粋で清潔な
生活感覚を軸に、斬新な比喩や独創的なオノマトペの
ほとばしる、しゃっきとした文章が多くの読者をとらえた。


まずは彼女の代表作、「流れる」(昭和31年作)から
比喩とオノマトペを見てみよう。ちなみにこの小説の
主人公は梨花。

梨香は寮母、掃除婦、犬屋の女中まで経験してきた
四十すぎの未亡人だが、教養もあり、気性もしっかり
している。
没落しかかった芸者置屋に女中として住みこんだ彼女は、
花柳界の風習や芸者たちの生態を台所の裏側からこまかく
観察し、そこに起きる事件に驚きの目を見張る・・・。
華やかな生活の裏に流れる哀しさやはかなさ、
浮き沈みの激しさを、繊細な感覚でとらえ、
詩情豊かに描く小説です。


引用しているのはこの小説の冒頭部分、
女中志願の主人公、梨香が蔦の家という芸者の
置き屋を探しあてて、「このうちには相違ないが、
どこからはいっていいか、勝手口がなかった」ので、
玄関までとまどっているといったシーンを描いたもの。


往来が狭いし、たえず人通りがあってそのたびに
見とめがられているような急いた気がするし、
しょうがない、切餅のみがけ石二枚分うちへひっこ
んでいる玄関へと立った。すぐそこが部屋らしい。
云いあいでもないらしいが、ざわざわきんきん、
調子を張ったいろんな声が筒抜けてくる。待っても
とめどがなかった。いきなりなかを見ない用心の
ために身を斜によけておいて、一尺ばかり格子を
引いた。と、うちじゅうがぴたっとみごとに鎮まった。
どぶのみじんこ、と聯想(れんそう)が来た。
もっと自分もいっしょにみじんこにされてすぐんで
いると、「どちら?」と、案外奥のほうからあどけな
く舌ったるく云いかけられた。目見えの女中だと
紹介者の名を云って答え、ちらちら窺うと、ま、きた
ないのなんの、これが芸者家の玄関か!
「え、お勝手口?いいのよ。そこからでいいから
おはいんなさいな。」
同じその声が糖衣を脱いだ地声になっていた。


Q  印象的だったオノマトペはどれでしたか?
  それはどんな効果を出していると思いますか?]


A  家の中から芸者たちの立てる物音と話し声が
  筒抜けに 聞 こえてくる。
  その音を作者は「ざわざわきんきん」と聴き 取った。
  前半の「ざわざわ」の部分は「ざわつく」の「ざわ」
  を重ねた既成の形。

  後半の「きんきん」の部分は「きんきん声」の
  「きんき ん」。
  ふたつはよくある言葉だが、その両者を組み合わ
  せた「ざ わざわきんきん」はこの作者のオノマトペ。

  前の部分、「ざわざわ」で部屋の中のざわついた
  物音を暗 示し、後の「きんきん」で芸者衆が
  おしゃべりしている甲 高い声を暗示する。
  猥雑な部屋の雰囲気が良く出てる効果を出している。

  他にもこの小説には独創的なオノマトペがたくさん
  出てく る。
 「暗い小路のさきからとどろとどろと大きな響が
  伝わって きて」
 「家事雑用が会釈もなくどさどさとかぶせられてきた」
 「力足を踏んでごぼごぼと凱旋していった」


  では次はオノマトペを使う意味を考えてみよう。
  下手に使うと文章が稚拙になりやすいと嫌う人も多いが
  効用もある。


1  聞き手に伝わる話のリアリティが違う。
  また気持ちを込めたり、話すテンポや勢いに気を
  配るとより、わかりやすく面白く伝えることができる。


2  オノマトペを使うことで言葉では伝えることが
  難しい表現が、一言でわかりやすく表現できる。
  聞き手にとってイメージしにくい場面や状況が
  イメージしやすくなる。


結論。オノマトペのバリエーションを増やすと上手に
面白さを伝えた話し方ができる。


ちなみにアップルの創始者、スティーブジョブズ氏は、
「オノマトペの魔術師」とも呼ばれていた。
彼は、プレゼンで、製品に注目してほしいときや
製品の素晴らしさを強調したいときに、オノマトペを
よく使用していた。
例えば、強調したいポイントを伝える前に「ブン!」
「ボン!」という濁音と撥音を組み合わせた
オノマトペを発して、人の注意を引きつけ、興味を
そそっていたのだ。
「B」の濁音には力強さがありスケールの大きさを
感じさせる。
これで、聞き手は期待感が高まり、商品が一層輝きを
増して見えたのだと思う。


また、小説家の筒井康隆氏は、次のようにオノマトペ
に漢字を当てはめ新しい世界を作り出している。

「鵜化鵜化と」(ウカウカと)
「慈輪慈輪」(ジワジワ)
「躯躯躯躯躯」(クククク)

ただの当て字ではなく、そのオノマトペが使われる
コンテクストと、漢字としての意味をちゃんと考えた
うえで選択されていて、オノマトペが本来伝えようと
している感覚的表現をより重厚なものにしている。
筒井はこれらの試みに対し、著書「虚航船団の逆襲」
の中でこう述べている。


普通の小説の中で、慣用句となった「どきどき」
「はらはら」「わくわく」「いらいら」「がたぴし」
などの擬態語、擬声語を濫りに使うのは下品とされ
ているが、どうしてもこの種の語を入れて誰でもが
容易に思い浮かべ得る感覚を表現したい時がある。
そういう時は辞典を利用して漢字をあてはめればよい。
うまく行けばスマートな表現になるし、
「やっぱり鬼才だ」などと褒められたりもする。
〔………〕
やはりこういうものはぶっつながりにやっては
泥臭くなり、いやらしい。
あくまで小説中の一カ所で、効果的に使うべきだろう。


私たちも自分の感覚を磨いて新しいオノマトペを
作るのもいいかもしれない。


では小説「流れる」に戻ります。
この小説には、オノマトペ以外、その場の空気を
活写するのに見事な、いくつかの比喩的な表現が
見られる。


Q2  気になった比喩的な表現はどれですか。
   それはどんな効果をあげていると思うか


A  「どぶのみじんこ、と聯想が来た」

  「どぶのみじんこ」という比喩は、
  「うちじゅうがぴた っとみごとに鎮まった」ことを
   強調している。
  たくさん のみじんこがどぶに浮かんでゆらゆら
  浮遊しているが、足 音が近づくと、かれらは一斉に
  触覚を隠す。
  どぶや、そこ に住むみじんこを引き合いに出して、
  この家が貧しく落ち ぶれて、薄汚れている様子を
  示している。


 「あどけなく舌ったるく云いかけられた」

  声の調子は、奥まったところにいる主人であろう、
  不意 の来客向けに、声の調子を変えて応答する。
  女の媚態を含 んだ声は、外交用の表現である。
  芸者のプロらしい状況。
  しかし梨花が、「目見え〈面接〉の女中・・・」と
  言った とたんに、中の声は地声となり、来訪者に
  指示を出しはじ める。
  その声は、「声が糖衣を脱いだ地声になっていた」
  と、錠剤にたとえ る。


この小説を読んでいると、女中志願のこの女性も
一筋縄の人物でないことがわかる。
「いろんな声が筒抜けてくる」というのは、
無防備に自分たちの会話に熱中している場面である。
小さな構えで、玄関のすぐ内側に生活のばがある。
「いきなりなかを見ない用心のために身を斜によけて
おいて」という配慮には、奥行きの狭さを察している
主人公の気遣いがある。

 

まとめ


幸田文『流れる』の文体は、よく書き込まれていて、
濃厚な味わいがする。
場面や人物に対する観察の鋭さ、巧みな言葉の選択、
比喩の使用など、魅せるものがある。
このような丁寧な描写による作品は、読みの速度を
ゆるくして、静かに時間をかけて楽しむのが良さそう
である。
著者も時間をかけ、ていねいに書き込んでいることが
伝わってくる。


ストーリーの展開は凡庸である。が、
切り取られている場面、の描写には、観察の鋭さと
著者の感性の豊かさがうかがえる。
幸田文は、習作時代、スケッチ風の描写力を磨き、表現力を
鍛えてきた。

この作品においては、芸妓たちの行動や考え方、
花街の人情、互いにしのぎを削る厳しさなどが、
克明に描きだされている。
彼女のオノマトペの効用と比喩表現をひとつでも
身に付けていきたい。

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